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八幡社 門

八幡社
 文明3年(1471年)尾州植田横地氏碑銘禄には、横地太郎左衛門秀綱が遠江国より采地を易て植田に移り城を築きし時には既に現在地の古墳上(邑の北、八幡の廟)に応神天皇を祭神とする八幡の社が存在し、初代植田城主は植田邑に貢献された、文明7年死去邑人はその御徳に応えて八幡の廟に並祀す、と記されています。つい最近まで植田八幡宮の祭礼は横地秀綱公の命日である11日がならわしとなっていた。  また第8代横地権藏秀住は、慶長16年徳川家康公より横地氏の祖先の忠勤を追賞して「永世諸役免除」で植田邑が栄えた。その功績に感謝して秀住没後の天正8年(1580年)家臣の室賀久大夫八幡宮を修造の上、横地権藏秀住を並祀したと記述されています。  又、境内には宗形社(弁天の社と弁天池)津島社・山神者・神明社があります。  尚、明治41年(1908)大正天皇が皇太子のとき、陸軍大演習が牧野ケ池で行われた時、愛馬「藤園」に乗馬された場所の記念碑が建てられています。

八幡社